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                   句集 『無 量』 抄

 

     「銀 河」

 

ふきのたう摘めり多くは癒されず

 

ひとひらは春の月面まで届く

 

うしろ手に菫隠してゐたりけり

 

黒眼鏡して夕凪をひとくくり

 

新涼や夕餉に外す腕時計

 

月照らす机上流砂のごとき文字

 

 

     「一代の咎」

 

一睡の花の気配とともにあり

 

一代の咎あれば言へ沙羅の花

 

犬の来て銀河に触るる川堤

 

空壜の中に雪降る夜の軋み

 

 

     「鰐を飼ふ」

 

蝶有罪あるいは不在雨あがる

 

メロンパン買つてあやめのそのほとり

 

鰐を飼ふ青年教師夏休

 

下駄なんか履いてゐる人ほととぎす

 

眼球の無量遊行の十三夜

 

泣きながらおでんばかりを食ふな君

 

 

    「無神論」

 

虚子の忌の飛行機雲をくぐりけり

 

こときれてゆく夕凪のごときもの

 

肉塊の淋しき西日射す柩

 

いつか会ふ顔のごとしや紅芙蓉

 

白に白重ぬる雪の音を聴く

 

降る雪に重たき耳をふたつ持つ

 

 

    「千年」

 

千年は散るに迅くて春の雪

 

現代と書き野遊びに出でにけり

 

本郷に軍人の墓黒麦酒

 

十字路の無量寿経と赤蜻蛉

 

靴底の雪剥がし黙剥がしけり

 

氷柱折るときなにものか折られけり

 

 

    「月光譚」

 

傘さして俳諧師来る冬が来る

 

雪の華あなたに見せてゐて暮れる

 

窓ぬぐふ人惜しみ年惜しむとき

 

狐火や広重ひとり吾もひとり

 

沫雪やわれらと呼ぶに遅すぎて

 

水をくれ櫻の下で待つてゐる

 

わが視野を石狩と呼ぶ大暑かな

 

赤とんぼ無数失踪者無数

 

遊行忌や月光譚を巻き終へて

 

 

                                   句集『無量』(書肆アルス)2013 より

書肆アルスさんのサイトから直接購入できます。

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